ある新聞の記事で、現代の家族間の会話時間は１日平均してわずか１時間にも満たないという統計を目にしました。またその中で、国民１００人に１人の割合で携帯電話を使用しているとも書かれていました。携帯電話が一般向けに販売されるようになってからまだ１０年ほど。この普及率は実に驚くべき数字です。 　
　最近、安心だからという理由で親が小学生の子供にまで携帯電話、しかもGPS機能付き(居場所がわかる)携帯電話を持たせる傾向があると言います。　しかし、高い普及率の理由はそれだけではないようです。今では通話に加え、音楽やテレビそれにメールを簡単に送受信できる機能を備えているということも人気の理由です。中には同じ屋根の下に住んでいながらも、親子間でメールを使ってメッセージを交換しているという人もいると言います。｢話せないような場所でも連絡がとれる｣｢面と向かって言えないことも伝えられる｣など、確かに利点はたくさんあります。聾唖の方々にとっても手紙やＦＡＸ以外に個人的に連絡を取り合う術ができたということは、技術進歩のなせる技です。
　もともと人間は互いに顔と顔をあわせ、会話したり表情を変えたりすることに　よって、意思の疎通を図ったり相手の感情を読んだりしますし、その能力を持っています。しかし、今、それを避けメールという無機質な電子文字によるコミュニケーションをあえて好む人が多いのも事実です。人と直に接することが嫌な人、顔をあわせても何を話していいのかわからない人、一人でいることを好む人、そして、人への関心が無くなっている人。手軽なメールはそんな人たちの逃げ場になってはいないでしょうか。
　本来、人間の能力の手助けをしてくれるのが道具であり技術です。しかし、逆にその道具が人と人を遠ざけるものになっている場合もあるということも否めないでしょう。前述の新聞記事が示す１日の会話時間の短縮化がそれを警告してはいないでしょうか。
｢コミュニケーションの欠落｣−これはまさに、技術進歩が生んだ現代社会の問題であり、周囲の人との関わりの減少、人に対する無関心さを生み出すきっかけになりかねないものです。今、起きている様々な事件、犯罪もそれを反映しているように思えてなりません。もしかすると、技術進歩の速度に対して私たち人間の心が追いついていないのかもしません。
　みなさんに一つお話をご紹介しましょう。
　 ニューヨーク市が出来たばかりの時、市長が裁判長を兼任することになっていました。
　冬のある日、裁判が行われ法廷は傍聴する人々でいっぱいでした。裁判長の前にボロボロの服を着た老人が警備員に連れられて来ました。この老人はパンを１本　盗んだ罪で訴えられていたのですが、弁護してくれる者もなく、彼はただ｢家族が　飢えているから｣と自己弁護するだけでした。
　 しばらくして、原告と被告それぞれの言い分を聞いた市長は立ち上がり、被告である老人に言いました。｢法の下、あなたが犯した罪は断じて許すことはできません。従って、パンを１本盗んだという罪は罰されなければなりません。代償として罰金１０ドルを納めなさい。｣そう判決を下した後、市長は裁判長の座から降りて老人の所に行き、自分のポケットから１０ドルを取り出し、老人に渡してから元の席に戻りました。そして次に市長は聴衆に向かって再び声を上げました。｢被告の老人は自分の罪を償いました。これからあなた方の番です。私たちの町の中にパンを盗まなければならないほどの貧しさに困っている人がいることに対して、無関心だったことは我々の罪です。１人５０セント納めなさい。｣
　そして警備員に指示し、帽子を回して市長本人をはじめ人々から徴収した分を　加害者である老人に渡すように命じたのです。聴衆を一周し、老人の手に渡された帽子の中のお金は４７ドル５０セントにもなっていました。
　
　マザー・テレサが言うように、愛情の対極にあるものは憎しみではなく無関心であり、そしてその無関心さはコミュニケーションの欠乏から生まれるものではないでしょうか。