北東アメリカのインディアンの人々が伝説を語るときにはいつも、一人称で語る のが彼らの習慣だそうです。そしてこんな話が伝承されてきました。
私は青年時代に、自分の部族のスパイの任務を課せられていた。あの日は寒い冬で、雪がたくさん降っていて、風がとても冷たかった。私たちの食料はほとんど
底をつき、みなお腹が空いて、身体は消耗しきっていた。なのに、私は敵を探 し、追い求めていた。私はどんなに苦しくても大変でも、この任務をとても誇りに思っていたのである。
3日間、敵を探し続けて歩いた。やっと一つのテントを見つけ出した私は、一歩一歩、慎重に近づいていった。そしてナイフでテントに小さな穴を開けて、中の様子をうかがった。テントの中には若い夫婦と、まだ2歳くらいの子どもが火の近くに座って暖をとっていた。まだしっかりと歩けないその子どもは、おとなのまねをしたいのか、木のスプーンを手にして、火の上にかけている鍋の中のスープ
につけて遊んでいた。すると突然、その子どもが振り向いて、私がのぞいている 穴に視線を向けた。私は見つかってしまった恐ろしさで、一瞬たじろいだ。しかし、その若い夫婦は火をくべるのに夢中で、気がついていないようであった。次
に、その子どもは、木のスプーンで鍋をかき混ぜた後、スプーンを持ったまま穴のところまでやってきて、穴にスプーンを差し込んだ。私の鼻先にスープの香り
が近づいた。空腹だった私にとって、それは天からの恵みのようで、私はそのスプーンをなめた。それからしばらくの間、その子どもはスープの入ったスプーン
を持って、鍋と穴とを何度も往復したが、若い夫婦は火の世話に夢中で、子どものことは気にも留めていなかった。
私はついに敵の居場所を突き止めたのだ。私はこの様子を見て決心した。私の任務はこれで完了だ。この情報を部族の実行部隊に伝えたなら、彼らは私と別の
ルートを通ってこの家族を殺しに行くであろう。これは今まで何度もやっていた、わが部族のルールなのである。
私は雪の積もった道を、一生懸命走りに走った。しかし体力は限界に達し、立ち止まってしまった。そして崖の上に座って休んでいる間にさきほどの出来事を思 い起こしていた。あの子どもが私にしてくれたことが頭から離れなかった。誰だろう、なぜだろう、彼の両親だけでなく、彼の部族全体の敵である私に、勇敢に スープを運んでくれたのかと。どのような力が働いて、あの子を動かしたのか と。それは考えても考えてもわからず、頭から離れなかった。
その時の部族の作戦は、敵を一人も残さず一掃しようとするものであった。ふと、それが頭に浮かんだ私は、すぐに先程のテントまで走って戻った。一度は頭
の中で、私が夫婦を殺して子どもだけを部族に拉致し、自分たちで育て教育しようと考えた。しかしテントに近づくにつれ、「自分にはとてもできない。まだ子どもは小さく、あの両親が必要ではないか。」という思いが強くなっていった。
テントに着くと、迷わず中に入っていった。突然入ってきた私に、若い夫婦はとても驚き、すっかり怯えていたので、私は二人を落ち着かせた。私が武器を持っておらず、危険でないことに気がつくと、私を火の近くに座るよう快く招いてくれた。夫は巻きタバコを作って私に勧め、妻は私に一杯の温かいスープを差し出してくれた。その子どもは私を見て喜んでいるようで、親しい人に会ったような仕草で私を迎え入れてくれた。その子どもは再び木のスプーンを持って、スープ
の鍋につけ、フーフーと冷ます仕草をしてから、私の口に運んでくれたのだ。
私はこの若い夫婦に、ゆっくりと自分の部族の作戦を話した。私はこの純粋な子どもと出会ったこと、そして親しみをこめて招き入れてくれたこと、この小さな家族に害をあたえたくないことなどを話し、ここにいると間違いなく私の部族の 実行部隊が来て、あなたたちをみな殺しにするだろうから、すぐにここから出て避難するように、と説明した。
この家族との最後の別れの光景はずっと脳裏に焼きついている。若いお父さんの背中に乗っているこの子どもが、手に持ったあの木のスプーンを振りながら、私にバイバイしてくれた。当時はずいぶんと殺気立っていた私であったが、今でも、温かいスープの湯気、香り、味がその子どもと重なる。
そして私はその時から、敵に対する憎しみ、殺意が少しずつ薄れ、無くなっていった。そして歳を重ねるにつれ、私は平和の使者のような心が私たちの間に必要であることを確信している。
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